The Burn - Fm yokohama 84.7

竹内洋岳さんにインタビュー前編

ディレクターの辰巳です。

先週のGood To Goでは
日本人で初めてヒマラヤ8000m峰全14座に登頂した
プロ登山家の竹内洋岳さんとのインタビューをお届けしました。

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<登山を始めたきっかけ>
祖父の趣味が山登りで、子供の頃によく連れて行ってくれました。
洋岳(ひろたか)という名前をつけてくれたのも祖父。
でも海外の山を登るようになったのはたまたまです。

<本格的に登山にハマったのは高校から大学にかけて>
高校で山岳部に入りました。
顧問の先生から山登りや岩登り、雪山の話をたくさん聞いて、
大学に行ったらそれらをぜひやってみたいと思いました。
大学で山岳部に入ると、そこでヒマラヤに行く計画がありました。
そんな風に、山登りを続けていると、
色々な人に出会い、色々な機会に恵まれます。
そうしてここまで山登り続けてくることができました。

<初めての8000m峰に臨んだとき>
20歳の時にシシャパンマ(8027m※諸説あり)に行きました。
チームとしては先輩が登頂に成功したものの、
まだ学生で経験の浅い私にはその役が回ってこなかったんです。
当時は、みんなで代表者を頂上に押し上げていくスタイルでした。
登れなかったことは残念でしたが、
チベットに行くこと、自分の目でヒマラヤを見ることができたので
「面白かったからまた来よう」と思いました。

<初めて8000m峰に登頂したとき>
1995年にマカルー(8463m)へすごく大きな登山隊で行きました。
やっと頂上に行く係になったのでですが、
以前の私の様に頂上に行けない係もたくさんいます。
計画通りに登頂できたので登山隊としては目的を果たしましたが、
チームの皆で登頂したという感覚が強く、
自分の力で登ったという達成感はあまり得られませんでした。

<8000m峰はこんな場所>
酸素が地上の1/3以下でとても苦しいです。
無酸素の状態だと、続けて歩くことがとても難しいです。
5歩いって、立ち止まって息を整えて、また5歩いって…
次は7歩行こう、でも行けなかった…途中で寝ちゃったり…の繰り返し。
歩いているよりも立ち止まって入る時間のほうが長いと思います。

気温に関しては、確かに寒いですが、
寒いという感覚の上限を超えてしまっているので
どんなに寒くなってもそれ以上の寒いという感覚はありません。
日差しが強いので、標高7000mくらいまでは意外と暑くなります。
(日陰に入ったり日が暮れたりすると途端に寒くなります)
でも7200〜7300mを超えてくると、日にあたっても寒いです。
ちなみに、夜歩いていて、日があたってくると、暖かさを感じます。
(熱を感じているのか、光を見て感覚的に暖かさを感じているのかは謎)

<ヒマラヤ8000m峰14座を全て登ろうと思った理由>
ラルフとガリンダという登山家の存在が大きいですね。
(ラルフはドイツ人の男性、ガリンダはオーストリア人の女性)
これまで私たち3人で高所登山をしてきました。
出会った頃は、3人とも8000m峰は3〜4つしか登頂していませんでしたが
続けていくうちに、お互い8〜9座に達していたんです。
その時ラルフがこんなかっこいいことを言いました。

「もしかしたら我々は、
 次に登る山を見つけるために今の山登りをしているのかもしれない。
 じゃあ今度は、次よりももう少し先の山(目標)を見つけよう。」

それが8000m峰14座完全登頂だったんです。
そこで、ラルフはドイツ人で最初の14座のサミッターに、
ガリンダは女性初の14座のサミッターに、
私は日本人で初の14座のサミッターになろう、
そして、3人とも死なずに、14座のサミッターになろう、
これが3人の目標になり、14座登頂を目指すことになりました。

<竹内さんにとって「登山」とは>
『好奇心』ですかね。
行ったことのないところに行ってみたい、
そこから何が見えるか見てみたい、
そこに行けばどんな人に会えるだろう・・・
そんな好奇心を発揮できる場は皆それぞれ違いますが、
私の場合はたまたま登山でした。


8000m峰を全て制覇したからといって、登山は終わりじゃありません。
日本にも私にとって未踏の山がたくさんあります。
そういう山はこれからも登り続けていくでしょうね。



来週のGood To Goでは、
竹内洋岳さんとのインタビュー後編。
プロ登山家のプライベートや素顔に迫っていきます。

竹内さんのサイン入り手ぬぐいや
Pro Trekロゴ入りダイネックスマグカップなど
プレゼントもありますので、来週もどうぞお楽しみに!

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