Route 847 - Fm yokohama 84.7

【JOG STATION】瀬古利彦さんが登場!記憶に残っているレースは?

今週のJOG STATIONは名実ともに日本長距離界・マラソンブームを牽引してきた第一人者である
瀬古利彦さん
にお越しいただきました!

1956年生まれ、三重県ご出身。
高校時代から本格的に陸上を始め、インターハイでは800m・1500mで二冠を達成。
早稲田大学へ進み、中村清監督のもと、ランナーとしての才能を開花。
箱根駅伝では4年連続で「花の2区」を走り、3年生・4年生の時には
当時の区間新記録を獲得するなど、スーパーエースとして活躍しました。
トラック競技においても日本記録を総ナメにし、25,000mと30,000mでは当時の世界記録を樹立。
トラック・駅伝のみならず大学時代からマラソンで活躍し、現役時代は国内外のマラソンで戦績15戦10勝。
日本の不参加で幻となった1980年モスクワ五輪と、
84年ロサンゼルス五輪、88年ソウル五輪を合わせて3度のマラソン日本代表にも選出。
現役引退後は、指導者の道に進み、オリンピック選手を3名輩出。
2016年より日本陸連マラソンリーダーとしてマラソングランドチャンピオンシップ(MGC~五輪日本代表選考会)設立に奔走。2019年、2023年のMGCを成功に導いた。
現在、DeNAアスレティックスエリートアドバイザーとして活躍中。
全国のランニングイベントでのゲストとしてマラソンの普及に努めています。

これまでにいちばん記憶に残っているレースは
モスクワ五輪の選考レースである1979年の福岡国際マラソン。
宗兄弟との三つ巴の攻防を制し、ゴール手前200mでスパートをかけて優勝。
”最後まで諦めない!”…その精神を改めて学んだレースだったそう。

”自身がどんな人間かを相手に知られてはいけない…”
”何を考えているか悟られてはいけない…”
中村清監督の教えのもと、宗兄弟とは当時、殆ど喋ったことがなかったそう。

終わった後の美味しいビールのために今でも走っている瀬古利彦さん。
学生時代の話、増田明美さんの名解説の秘密、今後の日本マラソン界への期待、
貴重なお話をたくさんありがとうございました!

瀬古 利彦

JOG STATION、来週もお楽しみに☆

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