
『ピアノ・グラニテ』は、ピアニスト伊集院紀子さんが、演奏機会の少ない名曲や作曲家をご紹介するコーナーです。今週は2月にもご紹介いただいた、ポーランド出身、フランスで活動したアレクサンドル・タンスマン (Alexandre Tansman 1897-1986) とアメリカの作曲家エドワード・マクダウェル ( Edward MacDowell 1860-1908) をご紹介くださいました。伊集院紀子さんによるピアノ演奏もお楽しみいただきました。
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写真:
ピアニスト 伊集院紀子さん
Noriko Ijuin, piano
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🔹 アレクサンドル・タンスマン
Alexandre Tansman (1897-1986)
アレクサンドル・タンスマンはユダヤ系、ポーランド出身のフランスのピアニスト・作曲家です。1916年ごろは無調や多調のスタイルで作曲。ワルシャワで音楽と法律を学び、ポーランドの作曲コンクールでは1位から3位を総取りしてしまうほどの実力派でした。当時の保守的なポーランドの音楽環境とは反対に、フランスでは自らの音楽観が認められいたため、1919年にパリに移り住み、最終的にはフランス国籍を取得。ラヴェルやストラヴィンスキーなど最初のパリ滞在時に活躍していた作曲家たちの強い影響を受けながらも、晩年には自身のルーツであるポーランドやユダヤの民族音楽などを取り入れた作品を残しました。
♪ 1933年に来日した際、歌舞伎の鑑賞や日本の筝曲家・作曲家の宮城道雄さんのお宅を訪問して琴や尺八の演奏に感銘を受けました。世界各国を表現した曲集「縮小世界で世界中を」の中には、日本を表現した作品「日光の哀しみ」があります。
Le tour du monde en miniature: Complainte de Nikko
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🔹エドワード・マクダウェル
Edward MacDowell (1860-1908)
1860年、マクダウェルは、スコットランド系移民の父親とアイルランド系移民の母親のもと、ニューヨークで生まれした。幼い頃から音楽だけでなくデッサンや詩、童話を書くなど、創作意欲にあふれた少年でした。10代後半でパリ音楽院に入学し、クロード・ドビュッシーと同じ師匠に師事。その後フランクフルトに移って作曲を学ぶ。指導者になった後、フランツ・リストと知り合い、リストはマクダウェルを大変気に入り、彼の作曲活動に大変興味を持って接した。コンサート活動で成功を治めた後、ニューヨークに戻りコロンビア大学の教授を務めました。
♪ 彼は自分を詩人であり歌手であると考えており、常に詩的なアイディアを中心に作曲していました。彼の作品には「リーマスおじさん」、「野ばらに寄す」、「仕立て屋と熊」など想像力をかきたてるタイトルが多い。
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