横浜みなとみらいの街並みはもちろん、晴れた日には富士山や東京スカイツリーまで、地上273mの高さからパノラマビューを楽しむことができる、横浜ランドマークタワー69階展望フロア「スカイガーデン」。

そんなスカイガーデンは、大規模修繕のため、昨年12月31日をもって一時営業休止となりました。

その一時休業前の5日間、スカイガーデンとFMヨコハマがコラボレーションして「MUSIC FESTA IN SKY GARDEN」が開催されました。

12月30日、公開生放送の20時台ゲストとして登場したのは、EXILE MAKIDAI from PKCZ®。

 それぞれのDJとしての自己認識とは?


栗原:みんなDJとして、自分がどんなDJなのかを自己申告というか、自己分析・自己認識してみよう。
例えば私は、もともとディスコ上がりなんですけど、軸足はやっぱりラジオなんですよね。だから、ラジオDJをやりながら、昔からやってきたディスコやクラブのDJもやっているタイプのDJです。なぜかというと、ラジオがすごく好きだったんですよ。音楽ラジオだけじゃなくて、昔のニッポン放送や文化放送、TBSなどのトーク番組も好きだったんです。

REMO-CON:僕はディスコでDJをやっていましたが、どちらかというと「作る方」から入っていて。80年代はまだDJという存在が浸透していなかった時代で、ダンスミュージックをどうやって作るのかもわからなかった。いろいろ調べていくと、DJという職業の人が作っていることを知って、そこから作り始めました。
それで一軒一軒ディスコに電話して「DJ雇ってくれませんか?」って。たまたま横浜の関内にある「マハラジャ」っていうディスコが「DJじゃないけど、とりあえずバイトで入ってみれば?」という形で受け入れてくれて。でも入ってみたら、超縦社会でしたね。

MAKIDAI:自分の場合は、ダンスとDJがセットという感覚ですね。ダンスのショータイムの曲を、せっかくだったら自分で作ってみたいと思ったのがきっかけです。当時はまだターンテーブルを持っていなかったので、カセットテープを一時停止しながら編集して曲をつないで、15〜16歳の頃にダンスショー用の音源を作っていました。
それが面白くてターンテーブルが欲しくなって、19歳の時に購入。EXILEの今のメンバーと一緒に「BABY NAIL」というグループで活動していた頃、ダンスショーの曲をターンテーブルで生MIXしてショーに出演していました。ダンスイベントに行くようになると、「あの曲、君がやってるんでしょ?」と言われるようになって。ダンサー上がりがルーツのDJですね。Editは今でもやっぱり好きです。

REMO-CON:当時はダンスチームがたくさんあって、だいたいは知り合いの音楽好きに曲を頼んでいたんですけど、ご本人でやられていたのはさすがですね 

 

横浜でメモリアルな日にみんなが喜ぶDJって誰だろうって


栗原:今回この企画を進める中で、この12月30日という日、そしてランドマークタワーの展望フロアが一時休業するという横浜にとってメモリアルな日に、みんなが喜ぶDJって誰だろう、とREMO-CONさんと話しました。その中で、ぜひMAKIDAIさんに来ていただきたいと思い、オファーさせていただきました。


MAKIDAI:光栄です。ありがとうございます。


栗原:REMO-CONさんにも相談したんですよね。そしたら快諾してくださって。


REMO-CON:もちろんです。横浜マラソンの時もお世話になっていますし、大先輩なので。間違いないです。

 


放送中には実際にMAKIDAIによるDJの時間も。公開生放送ということもあり、臨場感満載、大盛り上がりの年末の雰囲気が感じられる放送となりました。