今回のゲストは滝ともはるデビュー当時からの盟友、牧田和男さんでした。
今は亡き本田美奈子さんのプロデューサでもあった牧田和男さんも参加して頂いた、
「横浜の夜は眠らない」番組名物「クイズ横浜」おさらいです。
番組をお聴きになった方、聴いてないよ。というみなさんも御一緒にお考え下さい
横浜にまつわるトリビュートをお伝えしますね。
答えはこのコラムの最後
(これであなたも横浜通!!! 学校や会社や飲み会の席で語ってください)
今回のテーマは
横浜の芸人 桂歌丸
テレビ番組笑点の名司会者として有名な桂歌丸さんの本名椎名巌(いわお)さん。
昭和11年に横浜市真金(まがね)町で生まれました。
当時真金町には遊郭があり、歌丸さんのお母さんは「富士楼(ふじろう)」という遊郭を
経営するやり手経営者として有名な存在だったそうです。
子供のころからラジオを聞いて、「おしゃべり」の魅力に取りつかれて漫才師になることを
夢見たそうですが、わがままな自分の性格をしり、一人でやれる落語家の道を進むことを
考え始めたそうです。
クイズ横浜第1問
しかし時代は太平洋戦争。危険を感じた親が母親の実家の千葉に歌丸さんを疎開させた間に
横浜大空襲があり、命が助かったそうです。しかし食糧難でろくに食事が出来ずに毎日食べていた
この食べ物がすっかり嫌いになり、戦後は長い間食べられなかったそうです。
さて毎日食べたものとは何でしょうか?
ヒント
これって結構おいしいですよね?今だったら毎日食べられますよ。
でも今は品質が改良されているのでしょうね
さて戦後は落語家の夢を実現させようと親戚の紹介で5代目古今亭今輔(いますけ)さんのところに
弟子入りします。面倒見がいいということで紹介されたのですが、実は師匠は
古典落語ではなく新作落語をする改革派、歌丸さんは根っから古典好きで師匠のいうことを
聞かずに破門されてしまいます。
クイズ横浜第2問
歌丸さんは新しくまったくイメージの違う仕事を始めます。
でもよく考えるとおしゃべり上手で女性を手玉に取る仕事はあっていたのかもしれません。
といっても水商売ではありませんよ。さて何の仕事だったでしょうか
ヒント
女性は美しいと言われたらうれしくなりますよね。
美しくない人でも私が勧めるこれを使用すればすぐに・・・
その後歌丸さんは兄弟子だった桂米丸(よねまる)さんの門下に入ります。
笑点に出演すると仲間の三遊亭小圓遊(さんゆうていこえんゆう)さんと画面上でわざと悪口を言い合い、不仲を装ったのがうけて、人気芸人になっていきます。
本当は大親友だった二人はそれからは移動も別々で世間的には仲の悪いイメージを維持するのに
大変だったそうです。
クイズ横浜第3問
歌丸さんは古典落語家としての風格を身につけるためにあるものをよく見に行ったそうです。
さて何を見て勉強したのでしょうか?
ヒント
日本を代表する古典芸能です
第1問答え
「サツマイモ」
第2問答え
ポーラ「化粧品のセールスマン」
第3問答え
「歌舞伎」
歌丸さんは中村吉右衛門さんの歌舞伎をよく見に行ったそうです。
江戸時代の細かいしぐさや立ち振る舞いを勉強して落語の格式を維持するために努力をしたそうです。
歌丸さんは生涯横浜を愛しました。野毛は戦前から大衆演劇の小屋が立ち並んでいました。
美空ひばりやエンタツ・アチャコも大活躍しました。
しかし2004年にみなとみらい線が出来ることで東横線の終点が桜木町でなくなることが決まり。
町がさみしくなることを懸念して歌丸さんは野毛のにぎわい座を作ること尽力しました。
以上クイズ横浜おさらいでした。
さてみなさんは何問お解りでしたでしょうか?
牧田和男さんの回は、radikoでお聴き頂けます♪
↓
http://radiko.jp/#!/ts/YFM/20190813013000
This program is brought to you by CERTE.
月曜の深夜は『横浜の夜は眠らない』をお聴き逃しなく♪