横浜の夜は眠らない - Fm yokohama 84.7

滝ともはるの横浜の夜は眠らない2019年3月4日

今回のゲストは、木下淳次郎さんでした!

滝ともはる、木下淳次郎さん、クイズ横浜担当米重優哉

5月25日には我らが馬車道パラダイスカフェで滝ともはるのバンドShining Roadと一緒に

ワンマンライブを行う木下淳次郎さんにも参加していて頂いた

番組名物「クイズ横浜」おさらいです。

番組をお聴きになった方、聴いてないよというみなさんも御一緒にお考え下さい

答えはこのコラムの最後

(これであなたも横浜通!!!)

横浜に来た最初の外国企業はジャーディン・マセソン商会というイギリスの会社です。

この会社現在でも存在する会社ですが、実はイギリスのアジア進出に大きな役割を演じた

とても有名な会社なのです。

クイズ横浜第1問

このジャーディン・マセソン商会、

中国の広州で設立されましたが、本国政府のバックアップもあり急速に大きな会社に育ちました。

現在県庁の近くにあるシルクセンターがある場所に社屋を建てましたが、イギリスで最初の建物

ということで英一番館と呼ばれました。

 

ジャーディン・マセソン商会は明治維新では薩長などの改革派に手を貸して新政府設立に

大きな力を発揮しました。

特に長崎支店長になったある人が坂本龍馬などに武器や船を斡旋しました。

さてなんという人でしょうか?

ヒント

彼の自宅は今や長崎を訪れた人がみんな訪れる観光名所になっています。

 

クイズ横浜第2問

またこの人は横浜で日本最初のあるものが商業運行される前に、上海博覧会に展示されていた

「アイアンデューク号」を買い取り、長崎で試験運転をしたそうです。

さて何を購入したのでしょうか?

ヒント

アイアンという英語を日本語にすると?鉄?鉄が走る?

西部劇ではアイアンホースと呼ばれていましたよ。

この会社、日本人の従業員も大活躍をしました。

明治元年吉田健三さんという人が長崎支店の支店長になり新政府に武器や船を売り

目覚ましい成績を上げました。その後吉田さんは自由民権運動に参加して東京日日新聞(後の毎日新聞)

などを経営しました。

クイズ横浜第3問

さてこの吉田健三さんは太平洋戦争後大活躍をしたある有名人のお父さんでした。

そのある人とは誰でしょうか?

ヒント

正確にいうと養子にもらった息子が後に有名人になりました。

口癖は「バカヤロー」ですが、北野武さんではありません.

第1問答え

「トーマス・ブレイク・グラバー」

トーマス・ブレーク・グラバー

長崎のグラバー邸で有名です。

21歳で来日したグラバーは、ジャーディン・マセソン商会の長崎支店の支店長になり

「グラバー商会」を設立。

長州ファイブと呼ばれた伊藤博文ら5人が日本を脱出してヨーロッパに密出国するのを

幕府に秘密で助けました。

旧グラバー住宅

第2問答え

蒸気機関車

ペリー後の日本で最初の蒸気機関車は横浜ではなく長崎だったんですね。

慶応元年(1865年)長崎の大浦海岸通りに600メートルのレールが敷かれ蒸気機関車が2両の

客車をひいて走ったそうです。

 

第3問答え

バカヤローといって議会を解散した「吉田茂」元首相。

吉田茂

健三さんは板垣退助などの自由党を経済的に支援しました。

吉田茂の実の父親竹内綱さんは板垣退助の腹心だったそうです。

竹内さんは息子の将来を経済力のある吉田さんに託したのでした。

以上クイズ横浜おさらいでした。

さて、さてみなさんは何問お解りでしたでしょうか?


 
木下淳次郎さんの回は、radikoにてお聴き頂けます♪
   ↓
http://radiko.jp/#!/ts/YFM/20190305013000
   
  
This program is brought to you by CERTE.
  
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